ももじろう story

短くて簡単な物語?を書いています(`・ω・´)ゞ

やはり自分は大切なんだ 自分をどんだけ、見下して クソッタレても

自分自身を認めるということは

存在を認めることです

 

私は

ぼくは

この世に

この場に

この人と一緒に

この人達と一緒に

 

いてもいいんだ

 

話してもいいんだ

 

夢を語ってもいいんだ

 

泣いてもいいんだ

 

怒ってもいいんだ

 

 

という感じに

存在を認めることで

次第に行動を認めることができます

 

存在を認めることができなければ

行動を心の底から認めることはできません

 

 

 

自分自身を認めるためには

自分自身がここにあることを知る必要があります

 

自分自身がこの場にあること

それって

自分自身がちっぽけであるということを

自覚することになります

 

なかなか

人にはできません

 

自分をちっぴけな存在であるということを

認めるのは

 

 

 

ちっぴけであるということを

悪いこととして認識しているからです

 

 

理想と現実のギャップを直視したくないだけです

 

 

 

ちっぽけで何が悪い

何がおかしい

 

存在を

認めることはものすごく怖いことです

 

 

だけどそれよりも怖いことは

自分自身の存在を認めないことです

自分を見下すことです

 

 

 

存在をどうしたら認めることができるのでしょうか

人とのつながりだと思います

 

やっぱり

人間は

生き物は

誰かとのつながりがあって

はじめて

人間として存在することができるのだなと

 

そう思うのです

 

 

 

あなたの今

過去

 

あなたの周りには誰かしらいてくれました

 

それが善意であっても

悪意であっても

望む形ではないとしても

 

いてくれました

 

 

たぶんそれって

どんだけ捻くれたものであったとしても

存在を認めるくらいの

理由にはなるのではないでしょうか

 

 

それだけ

間違ったとされる方向であったとしても

 

存在を認め直すきっかけくらいには

なるのではないでしょうか

 

 

 

価値観なんて人それぞれ

だけど

 

そんな価値観なんて環境によって違って

守るべき価値観なんて

 

現代のぼくらとはかけ離れたものであったとしても

それは

存在は認められるべきものなんじゃないでしょうか。

 

 

正しさを追い求めたって

何も見えてはきません

 

 

見えてきたものは

大抵信じてもいいなとか

信じるべきだなと思うものですから

 

そんなものに

絶対的なものは欠片もありません