ももじろう story

短くて簡単な物語?を書いています(`・ω・´)ゞ

人生の絶望

絶望

望みが絶えてしまうこと

 

あらゆる希望が途絶えてしまうこと

 

 

絶望をしった人は

あらゆる行動への動機付けが

損なわれたと思います

 

 

絶望は

色に表すと限りなく真っ黒に近い黒色のような

禍々しさも時に含むような

そんなイメージがあります

 

 

 

未来への希望がなくなるということ

希望が絶望に変わる

 

 

人って

時間的な概念からすると

未来のために

生きているじゃないかと思います

 

過去のために生きているわけではありません

 

 

現在の立ち位置は非常に曖昧になりますが

どちらかと言うと

知覚した時点では

現在は過去になります

 

 

未来のために生きているということは

 

未来に対して

いくらかの希望を

人は抱いているということです

 

 

未来に希望がない人は

どうして生きることができるのでしょうか

 

 

ある程度

未来への不安や恐怖を抱くことは

ある程度

未来への楽しみや希望が含まれているかと思います

 

 

 

いつのまにか

知らず知らずのうちに

ぼくたちは希望が見えてしまうものです

 

 

誰もが

絶望のような感情を抱いたことはあるかと思います

 

電車の中での便意・尿意・吐き気ほど

絶望を日常的に感じられる機会はないかと思います

 

 

あのときの不快感というか

やばさというか

 

ぼくはあの瞬間が大嫌いです

 

生きた心地がしません

 

 

 

ですが

そんなときでも

神頼みというか

 

妄想とうか

現実逃避というか

 

希望なのかは曖昧になってしまいますが

 

望みを抱いてしまいます

 

 

否が応でも

ぼくたちは

望みを捨てることはできません

 

 

生きるということは

望みを持ち続けるということで

 

ぼくらは死ぬ瞬間ですら

望みを捨てることはないかと思います

 

 

 

望みは偉大でも

輝かしいものでも

望まれるものでもなくて

 

 

望んでしまうもので

望まれてしまうもので

 

まとわりつくものです

 

 

 

望みを抱き続けることは

ときに疲れます

 

望みがあっても

それが叶わないとき

 

叶わないことが続いてしまうとき

 

 

ぼくらは

望みに対して

疑問を抱きます

 

 

 

望みは本来

望みでしかなくて

 

だけど

望みのちからはとてつもなくて

 

でも万能ではない

 

 

疑問をもつと、

望みをもつことに

嫌悪や罪悪感を抱いてしまいます

 

 

望みを持ち続けることが

苦痛になります

 

 

 

ぼくたちは望むことを

放棄したとき

人として生生きるものでは

なくなるのかと思います